~身体、心、そして“私”全体を整える新しいウェルネスの形~
「ホリスティック」という言葉を、最近よく耳にしませんか?
「なんとなく体に良さそう」「自然派のこと?」といったイメージを持たれがちですが、実はもっと深く、私たちの「生き方」そのものに関わる大切な視点です。
現代を生きる私たちは、病気ではないけれど何かが足りない心の渇きや、言葉にできない不調を感じることがあります。単にマイナスをゼロにするだけでは、本当の健やかさは手に入らないのかもしれません。
この記事では、難しい定義を教えるのではなく、身体と心、そして「私」全体を整える新しいウェルネスの形を、皆さんと一緒に紐解いていきたいと思います。
「ホリスティック」な生き方とは、人間をパーツではなく心身がつながった「全体」「生命の躍動(プラス)」感性を融合させ、サプリメント摂取などの日常行為を自分を慈しむ「儀式」へと変えることで、内側から真のウェルネスを実現します。
目次
ホリスティックの本当の意味。「全体」という視点

「ホリスティック(Holistic)」という言葉を聞いて、具体的に何をイメージされるでしょうか。その本質を理解するための鍵は、言葉のルーツに隠されています。
ホリスティックの語源は、ギリシャ語の「holos(ホロス)」です。
これは「全体」という意味を持つ言葉ですが、実はここから派生して生まれたのが、私たちが日常的によく使う「Health(健康)」、そして「Heal(癒し)」や「Holy(聖なる)」といった言葉たちです。
つまり、言葉の成り立ちから考えると、「健康」であることや、傷ついたものを「癒す」という行為は、バラバラになったものをふたたび「全体」へと戻し、本来の完全な状態を取り戻すことと深くつながっているのです。
現代の私たちは、何か不調を感じたとき、つい自分を「部品(パーツ)の集合体」のように捉えてしまいがちではないでしょうか。
たとえば、機械が故障したら、悪くなった部品だけを交換すれば直ります。しかし、人間は機械とは違います。「肉体」だけでなく、「心(精神)」があり、それらが複雑に関わり合ってひとつの「生命」を形作っています。
ホリスティックな視点とは、人間をこうしたパーツの寄せ集めではなく、すべてがつながり合った「全体(ホール)」として捉えるまなざしのことです。
この視点の違いを、誰もが経験したことのある「頭痛」を例にして、もう少し具体的に考えてみましょう。
従来のアプローチ(対症療法)では、「頭が痛い」という現象に対して、「頭痛薬を飲んで痛みを止める」という解決策をとります。
これは「痛み」という結果をピンポイントで消し去る、「部分」への対処です。もちろん、辛い痛みを和らげることは大切ですが、それだけでは根本的な解決にならないことがあります。
ここで、ホリスティックな視点に立ってみましょう。「なぜ今、私の頭は痛むのか?」と、身体全体システムという広い視野で問いかけるのです。
そうすると、頭痛という症状が、実は「頭」だけの問題ではないことに気づくかもしれません。
たとえば、東洋医学的な視点や全身の生理機能を考えると、頭痛は「血液や体液など、身体全体の巡りが滞っているサイン」であるケースが多々あります。
では、なぜ巡りが悪くなっているのでしょうか?その原因をたどっていくと、意外なことに「腸内環境」に行き着くことがあります。
「頭」と「腸」。一見すると離れた場所にある器官ですが、腸は栄養を吸収し、血液の質を左右する重要な場所です。腸内環境が乱れれば、巡りの悪い状態が生まれ、それが結果として不調を引き起こしているのかもしれません。
この場合、ホリスティックな視点で考えると、頭痛薬に頼るだけでなく、乳酸菌や食物繊維を摂って「腸内環境を整えること」も大切な選択肢の一つになります。

遠回りに見えるかもしれませんが、お腹をケアすることが、結果として不調の根本的な原因にアプローチする近道になるのです。
このように、症状が出ている場所と原因がある場所は、必ずしも同じではありません。
身体のつながり、心の状態、そして日々の食事や休息といった「生活のあり方」全体を見渡し、根本にある滞りを解きほぐしていくこと。その広い視野を持ち、自分という存在を丸ごと大切にすることこそが、ホリスティックの本当の意味なのです。
なぜ今、「ゼロをプラスにする」発想が必要なのか

先ほどの章では、頭痛という一つの症状をきっかけに、腸内環境や血液の巡りといった「身体全体のシステム」へと視野を広げる大切さについてお話ししました。
不調の原因となっている滞りを解消し、マイナスの状態にあった身体をフラットな状態に戻す。これは、私たちが日々健やかに過ごすための土台となる、非常に重要なプロセスです。
しかし、ここで改めて皆さんに問いかけたいことがあります。「病気ではない」「痛いところがない」。いわゆる「マイナスが消えてゼロになった」状態が、果たして私たちの人生のゴールなのでしょうか?
従来の健康観では、多くの人が「マイナスをゼロに戻すこと」に全力を注いできました。風邪を引いたら治す、数値が悪くなったら下げる、疲れたら休む。これは言わば、マイナスを埋め合わせるためのメンテナンスです。
もちろん、車が走るために修理が必要なように、人間にとってもメンテナンスは欠かせません。けれど、修理されて「故障していない車」がガレージに置いてあるだけでは、どこへも行けず、旅の喜びも味わえません。人間も同じではないでしょうか。
ホリスティックな視点が本当に目指しているのは、単なる「ゼロ(病気ではない状態)」の維持ではありません。そこから一歩進んで、内側から湧き上がる活力や希望を引き出し、「ゼロをプラスにする」ことなのです。
この考え方を紐解くために、少しだけ哲学の言葉を借りたいと思います。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは、「エラン・ヴィタール(élan vital)」という言葉を提唱しました。日本語では「生命の飛躍」や「生命の躍動」と訳されます。
これは、生物が単に機械的に生きているのではなく、内側から突き動かされるような創造的なエネルギーを持って、自らを超えて進化していこうとする衝動のことを指します。
少し難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、感覚としては皆さんもきっとご存知のものではないでしょうか。
たとえば、美しい朝日を見て「今日も頑張ろう」と心が震える瞬間や、大好きな趣味に没頭して時間が経つのも忘れてしまう時の高揚感。あるいは、誰かのために役に立ちたいと願う温かい気持ち。これらはすべて、数値やデータでは測れない「生命の躍動」そのものです。
私たちが提案したい「ホリスティックな生き方」とは、このエラン・ヴィタールを呼び覚ますことに他なりません。
先ほどの腸内環境の例で言えば、「頭痛をケアするために腸を整える(マイナスをゼロへ)」という段階を超えて、「腸を整えることで、質の良い血液を全身に巡らせ、昨日よりも明るい気持ちで新しい何かに挑戦する(ゼロをプラスへ)」という発想の転換です。

サプリメントを摂ることも、食事に気を使うことも、それは「病気にならないための守り」であると同時に、「なりたい自分になるための攻め」の選択でもあります。
身体の巡りが整えば、心に余裕が生まれます。心に余裕が生まれれば、日常の些細なことに「ときめき」や「喜び」を感じる感性が戻ってきます。そうやって、自分らしい「生の歩調」を取り戻し、人生そのものを鮮やかに彩っていくこと。
「悪いところがない」だけで満足するのではなく、「生きていることが心地よい」と感じられるレベルへ。ホリスティックという視点は、あなたの毎日を「修理」の時間から、豊かな「創造」の時間へと変えてくれる、新しいコンパスのような存在なのです。
科学と感性の「いいとこ取り」で生きる

「ホリスティック」や「目に見えないつながり」という言葉を聞くと、正直なところ「なんだか少し怪しい?」「科学的根拠はあるの?」「スピリチュアルな話?」と、身構えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
それは、情報が溢れ、科学的なエビデンスが重視される現代を生きる私たちにとって、とても真っ当で健全な感覚です。目に見えないものを鵜呑みにせず、疑問を持つことは、自分自身を守る大切な力でもあります。
私たちが提案したいのは、決して科学を否定するような生き方ではありません。西洋医学の発展は素晴らしく、検査データや薬理学的なエビデンスは、私たちの健康を支える強力な武器です。急な病気や怪我の時、現代医療の力は絶対に欠かせないものです。
しかし、数値やデータ「だけ」が、あなたの身体の全ての正解を知っているわけではありません。「検査では異常なしと言われたけれど、なんとなく身体が重い」。逆に、「科学的なメカニズムは詳しく知らないけれど、森の中で深呼吸すると力が湧いてくる」。皆さんも、そんな経験はないでしょうか?
数値には表れないけれど、確かに自分が感じている「不調」や「心地よさ」。ホリスティックな視点とは、この科学では拾いきれない「感性(センス)」や「自然治癒力」の領域も、科学と同じくらい大切に扱うことです。
つまり、どちらか一つを選ぶ必要はないのです。科学(サイエンス)と感性(センス)。西洋医学的な「部分への対処」と、東洋医学的・ホリスティックな「全体への眼差し」。この両方の「いいとこ取り」をするハイブリッドな姿勢こそが、これからの時代を賢く、健やかに生きるための鍵になります。
「エビデンスがあるから安心」という理性的な納得感と、「これを使っている時の自分が好き」「なんとなく調子が良い」という直感的な幸福感。この両輪が揃ったとき、心身は一番リラックスし、本来の力を発揮できるのではないでしょうか。
ですから、どうかあなたの「五感」を信じてあげてください。難しい理屈抜きに、あなたが「心地よい」と感じるもの、「私に合っている」と感じるもの。その感覚は、どんな精密な検査機器よりも正確な、あなた自身からの正解のサインなのです。
ホリスティックなアプローチで実践する、日々のセルフケア

「ホリスティックな生活」と聞くと、何か特別な修行をしたり、厳しい食事制限をしたりしなければならないと思っていませんか?
実は、ホリスティックなアプローチとは、日常をガラリと変えることではなく、いつもの行動に「少しの意識」を加えることから始まります。
ここで私たちが提案したいキーワードが、「リチュアル(儀式)」です。「儀式」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、要は「ただの作業(タスク)」を「心を込めた特別な時間」へと昇華させることです。
たとえば、毎日サプリメントを飲む時間を想像してみてください。忙しい朝、スマートフォンのニュースを見ながら、無意識に水で流し込む。これは単なる「作業」です。成分は体に入るかもしれませんが、心はそこにありません。
これをホリスティックな「リチュアル」に変えてみましょう。
まず、一度スマートフォンを置き、深呼吸を一つします。そして、一粒のサプリメントを手に取り、「今日も一日、私の体を支えてくれてありがとう」と心の中で自分自身に声をかけながら、ゆっくりと味わうように飲みます。そして、その成分が身体の中を巡り、腸が動き出し、細胞の一つひとつが元気になっていく様子をイメージしてみるのです。
たった数十秒のことですが、こうすることで、サプリメントを飲む時間は「栄養補給」以上の意味を持ち始めます。それは、自分自身を慈しみ、身体と心のつながりを確認する「自分への愛の儀式」となるのです。
もちろん、サプリメントだけでなく、スキンケアの時間や、お風呂に入る時間も同じです。肌に触れる手の温かさを感じたり、お湯の香りに意識を向けたりすること。「今日も頑張ったね」と、鏡の中の自分にねぎらいの言葉をかけてあげること。

こうした小さな積み重ねが、科学的なデータだけでは測れない「心地よさ」や「安心感」を生み出し、自然治癒力がのびのびと働く土壌を作ります。
また、ホリスティックな視点では、完璧である必要はありません。調子が良い日もあれば、バランスが崩れて揺らぐ日もあります。そんな「揺らぎ」さえも、「今はそういう時期なんだな」と優しく許容してあげること。それもまた、全体を見渡す大切なセルフケアの一つです。
機能や効率だけを追い求めるのではなく、その一瞬一瞬を「豊かな体験」として味わうこと。今日からできるその小さな魔法が、あなたの身体と心、そして人生全体を、より鮮やかに輝かせてくれるはずです。
puravidaは、あなたの「伴走者」でありたい
ここまで、ホリスティックという言葉の本来の意味から、日々の具体的な実践方法までを皆さんと一緒に考えてきました。
少し長くなりましたので、ここで改めて、ホリスティックな生き方のポイントを整理してみましょう。
- 「全体」を見る視点
不調を単なるパーツの故障と見なさず、心や生活環境、身体の巡り(腸内環境など)を含めた「私」全体からのメッセージとして受け止めること。
- ゼロからプラスへの転換
「病気ではない(ゼロ)」だけで満足せず、生きる喜びやときめきを感じられる「生命の躍動(プラス)」を目指すこと。
- 科学と感性の融合
データやエビデンスを尊重しつつ、数値には表れない自分の「心地よい」という直感や五感も同じくらい大切にすること。
- 日常を「リチュアル(儀式)」に
サプリメントを飲む時間やスキンケアの時間を、単なる作業から「自分自身を慈しむ特別な儀式」へと変えていくこと。
健康や幸せの形は、一人ひとり違います。だからこそ、そこに万人に共通するたった一つの「正解」はありません。私たちが本当にお届けしたいのは、あなたがあなた本来の自然治癒力を発揮し、あなたらしい人生を歩むための「きっかけ」です。
迷ったときには確かな情報を、疲れたときには身体を支える栄養を、そして何より「そのままで大丈夫」という安心感を手渡しながら、あなたの隣を一緒に走る「伴走者(パートナー)」でありたいと願っています。
科学的な知識と、自然の恵みを活かし、皆さまが心身ともに満たされ、輝かしい人生を歩めるよう、私たちpuravidaが長く続くその旅路をご一緒させていただきます。
私たちはこれからも、あなたの人生を豊かにする有益な情報を提供してまいります。



